日本航空123便墜落事件

過去ログ12 2003/8/22 16:50

♪すたーぼ
Re:しゅうさん
はじめまして。
私も名古屋の人間なのでそう思いましたが、機長さんはどうも山陰の方みたいですよ。
確かに名古屋弁でも同様に使いますね。
私の祖母は山陰の生まれで、「じゃないわ」は使いませんが、「じゃないが」は同様に使います。祖父は九州ですが、九州にも似たようなニュアンスはあるそうです。
2003/8/22(金)16:50

♪通りすがり
はじめて書き込みします。CVR音声を聞いて、気になった点を2つ。
18:48:33の副操縦士の言葉「・・・効きません」は、
「ちきしょう、舵、全然効きません」と聞こえます。

それと、らふてぃさん始め数人の方が書き込まれている航空機関士の「上げてます!」の後の機長の言葉は、「どーすんだ!?」に聞こえます。
18:50:50の機長の言葉、「パワーでピッチは・・・」の言葉が質問口調ではないか?との書き込みもあります。もしそうだとすると、この一連の操作は、機長の判断ではなくて、航空機関士の提案によるものだと想像されます。
嫌な言い方をすると、機長はコントロールが効かない時の対処法をあまり知らなくて(あるいはパニックで解らなくなって。フラップの操作も、航空機関士に「オルタネートで・・・」の助言をされています。)
、航空機関士の言う通りにしたのに、上手く行かなくて、「じゃあ、どうしろってんだよ!?」という感じで出た言葉・・・と考えるのは邪推でしょうか・・・。

ですが、操縦室のお3方は立派だったと思います。謹んでご冥福をお祈り致します。
2003/8/21(木)20:40

♪しゅう
はじめまして。このHPを見つけ、隅々までよく読ませていただきました。

その中で、ひとつ気になった部分がありました。CVRのことですが、機長が副操縦士に向かって「はいじゃないが(わ?)」といっている部分があります。今回はじめてCVR音声を聞かせていただきましたが、全体的に機長のイントネーションが名古屋、岐阜周辺いわゆる東海地方のイントネーションのような感じがします。

「はい じゃないが!」という言い方もこちらではよく使う言い方で、「はい じゃないだろう!」という意味です。ねこすけさんご指摘のとおり「はいじゃないわ!」であったとしても、同じような意味で通ります。

個人的にはこの「はいじゃないが!」で正しいと思います。
2003/8/18(月)22:55

♪アッピー
私は某航空会社の副操縦士です。事故当時私は、小学5年生でした。この事故をきっかけにパイロットを目指したものです。今になって思うことは、クルーの皆様は、極限の状態の中、最期まで頑張ったと思います。私だったら10分で落ちたでしょう・・・。様々な事故原因説が有りますが、パイロットとは、すべての緊急事態に備えて退職まで訓練します。墜落とは、幾つものエラーが重なって起こるものです。緊急事態では、無線の交信も後回しにして、飛ばす事に集中します。私は、5年程前から、8月12日は御巣鷹山に慰霊登山しています。航空事故0を目指して・・・。最後に、遺族の皆様へ、心よりご冥福をお祈り致します。
2003/8/15(金)0:57

♪うえっち
初めての書き込みです。この事件があった夏、私は20歳でした。当事者でもなんでもないのに、なぜかこの事件は18年経った今でも、記憶の中に鮮明に刻まれています。今日、18年目を迎えたわけですが、悲しくなるくらい話題が少なくなってしまいました。ニュースも新聞も、あまり紙面や時間を割いて扱っているようには思えません。以前は18時56分の黙祷はテレビで伝えていたように思うのですが。こうやって、風化されてしまうのかなあ?と、当事者でもない私が感じるのだから、ご家族の方々はもっと悲しい気持ちでいるのではないでしょうか。そして、あろうことか今日のニュースでは、残存する機体の一部を廃棄するとかなんとか・・・たとえば、事故に遭われた家族の方々が「もう思い出したくないから捨てていい」とか?「原因がはっきりしたからいらない」というようなことを伝えたとすれば、それは仕方ないかなあと思うけど、その家族の方々はじめとして、全然納得してない人たちが大勢いるってことを、日航関係者はわかってないんだなあ・・と、改めて感じました。「あんたたちは忘れたいんだろうけどさあ・・」みたいな。全然関係ない私ごときがこんなふうに感じるんだから、ご家族の憤りはいかばかりかと思います。18年の間に、私は結婚し、幸い息子に恵まれ、その息子も7歳になりました。テレビで見たり、私が読んでいる123便関連の本をみたり、パソコンでひらいている関連HPを一緒にのぞいたりしていて、多少興味がわいてきているようです。いつか、息子を連れて御巣鷹山にお参りに行きたいと思っています。風化させないことを、少しでもお手伝いできればいいな・・と。事故に遭われた方々のご冥福を心からお祈りいたします。
2003/8/12(火)23:30

♪Mart
Re:Martさん
> 当時、自宅の上空を百里基地のバートルが騒音をまったく無視したような轟音で低空のまま西の空へ向かう姿を今でも覚えています。
> 緊急事態を宣言しても航空管理局は何も行っていなかったのでしょうか?管制官が必死に何かをしようという気持ちでいたことは通信内容から汲み取れますが、緊急事態宣言時の対処方法など実は何も無かったのではないかな?一応通信周波数はブロックしていたようですが…
> 空の安全とはよく聴く言葉であるが、実際どのような対策が準備されていたのだろう?
> 初期の救助活動の遅れ、位置確認の情報交錯、当時の運輸省航空管理局の対応は本当に正しかったのだろうか?
> 実際に墜落直後にしばらくは生存者がまだたくさんいたのに、翌朝を待って捜査開始する前に皆亡くなってしまったことが残念です。
> 事故後に聞いた話ではアメリカでは緊急事態を宣言すると空軍がスクランブルするということですが、日本ではどうなんでしょうか?
2003/8/12(火)23:09

♪Mart
当時、自宅の上空を百里基地のバートルが騒音をまったく無視したような轟音で低空のまま西の空へ向かう姿を今でも覚えています。
緊急事態を宣言しても航空管理局は何も行っていなかったのでしょうか?管制官が必死に何かをしようという気持ちでいたことは通信内容から汲み取れますが、緊急事態宣言時の対処方法など実は何も無かったのではないかな?一応通信周波数はブロックしていたようですが…
空の安全とはよく聴く言葉であるが、実際どのような対策が準備されていたのだろう?
初期の救助活動の遅れ、位置確認の情報交錯、当時の運輸省航空管理局の対応は本当に正しかったのだろうか?
実際に墜落直後にしばらくは生存者がまだたくさんいたのに、翌朝を待って捜査開始する前に皆亡くなってしまったことが残念です。

事故後に聞いた話ではアメリカでは空軍がスクランブルするということですが、日本ではどうなんでしょうか?
2003/8/12(火)23:07

♪操縦士はしくれ
 初めて書き込みをさせていただきます。先日の朝日新聞で、ボーイング社による123便の「しりもち事故」の後部隔壁修理にミスがあったことが判明した、という記事が掲載されていました。これは隔壁を溶接する際、取り付ける修理版の長さのサイズを取り違え、短いものをつけてしまったため、強度が不足しそこに圧力が集中したため、「しりもち事故」後1万時間以上のフライトをこなした同機の隔壁が金属疲労によって事故時に吹き飛び、その衝撃によって垂直尾翼が吹き飛んでしまい操縦不能に陥った、というものでした。
 いよいよ明日が事故日です。またひとつ事実が明らかになったと思いますが、遺族の方々関係者の方々の無念は、絶える事はないでしょうね。改めて心よりご冥福をお祈り致します。
2003/8/11(月)9:26

♪ある掲示板より
事故調査報告書の矛盾点は当時の調査委員会が無能だったのか、あるいは公に発表してはまずい何かがあった
のどちらかだろうが、やっぱボーイング社の隠蔽工作があったんだと見るよね普通。
その公にしてはならない事故原因が何であるか、って点でオカルトな話に持っていってしまうってのもわかるけど
普通に考えてその事故原因が日航とボーイングの大きな損益につながるようなものだったんだろう。
それは何か。おそらく設計上どうしようもなかった欠陥があったんだろう。
それを隠したんじゃないかな。状況推察だけど。
123便以外のジャンボも同じ欠陥を抱えてた。それが発覚したら...
ってな感じじゃねーの?
2003/8/11(月)7:11

♪Dale
Re:shirakiさん
> 18:24:39
> 私には「まうえ」と聞こえますがいかがでしょう。
> もし、そうだとするとそのときの機長の発言は
> 「まうえ・・・何か爆発したよ」

> ということになりますが・・・。

確かに「○○い」より「○○え」と聞こえなくも・・・
もし「まうえ」だとすると自衛隊か米軍の関与と言うことなのか???
2003/8/8(金)17:32

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