けいじばん


▼親記事
 
  Name セレーネのためいき

仏教が仏教から遠ざかっていった(笑)理由は、古来からいろいろ考えられてきたんですが、根本的で一番の理由は、きっとお釈迦様が偉大すぎたってことなんだと思います。
自らの努力でもって悟りの境地にたどり着くなんて、一部の天才でないと成し得ない偉業ですから、いくらそういう素地のあったインドの人達でさえ匙を投げ出してしまうほど実現が困難な超絶秘儀だったわけで、世界中の宗教が神様に縋ることによって浮世の辛さを忘れようとするのと正反対ですもんねぇ。

仏教の世界では、宗派をいくつかの括りで分けることがありますが、観音菩薩はそのどれにでも顔を出す忙しい仏様です。
お釈迦様の時代の伝統から、自分でお経を読んだり山岳を踏破したり真冬に水をかぶったりして修行する人達と、そういうことをして悟りを得るのに、我々は何度生まれ変わって修行しなければいけないのか分からないし、実際にお釈迦様が得た涅槃の境地と同じところに辿り着けるかどうか分からないから、ここはひとつ先達の力を借りようというんで、阿弥陀如来の悟りの力で極楽へ行こうと考えた人達と。
または、お経にすべてが表されているんだから、お経を読むことが即ち修行であり功徳であると考える人達と、仏の真実はお経の中にあるのではなくて、お釈迦様が唱えた言葉そのものの中にこそあるんだと考えて、日々古代インドのサンスクリット語(のようなもの)を真言として大切にする人達と。

観音様の出自はこれがまた謎でありまして、仏教成立の遥か以前から崇拝されていたとする説もあって、そういう場合ゾロアスター教のアフラ・マツダの娘アナーヒターに行き着くそうです。
二神論というか二元論というか、とにかくゾロアスター教そのものは忘れられていったのですが、その核心部分はキリスト教の中でハルマゲドンとして生き残り、神様の中のあるものはそれが東へ伝わって観音様に、西へ伝わってアルテミスになっていったのではないかとする学説もあります。


ってことで、私が拝む観音様と管理人さんがお好きなフレイヤって、もしかして同根だったなんてこともあったりして・・・、ねぇ?(笑)
2010/12/31 15:20 [PC]
 ReDel