1:

藤田平

阪神監督時代を語る
 
2:
「俺が厳しい?イメージ的なもんやろ。それまでぬるすぎたから
そうなったんちゃうん。だから、最下位ずっと低迷しとったわけでしょ。ぜんぜん僕は
きついとも思ってないし、僕らの現役のとき思ったら、まだ3分の1
ぐらいやと思ってる。まあ、マスコミがすごくいいように書くところも
あるし、マスコミを乗せてしまえば勝ちという感じとちがいます?
だからマスコミというのは怖いわな」


「亀山と新庄は常習犯でしょっちゅう(練習に)遅れてきた。
一時間なんてざらですわ。亀山なんてグラウンドに来なんだときも
あるんですよ。そういうのがずっと続いてたんで、選手間でどうするか
決めなさいと言うた。そしたら、遅れただけ座りましょうと。
一時間遅れたら一時間座りましょうと決まった。選手の罰則で。
みんなの団体の責任で。だから、そういうとこの報道はされてない
わけですよ。監督が座らせたという形になっとるんですよ。
関西のマスコミちゅうのはそういうとこあるんですよ」
 
3:
「(寮の)二階三階、選手が寝てるところの段ボール箱に、カップ
ラーメンとか、コンビニ弁当のゴミとかがいっぱい山積みにされとるん
ですよ。何だこれはと考えて、お腹すくんだろうなと。寮の食事は
僕が食べてもお腹すくぐらいの量だったもんで、選手がコンビニ
行って買って帰ってきて食べたんだなという感じで」
「球団社長と代表と三人で話したら、『そんなことない。うちは
金出してる』と。僕は、社長と代表に『寮行って食事したこと
ありますか?』と聞いたんですけど、一切そんなことはなかった。
これは無理だと思いましたね。何を作ってるか、食べてない、
見てないんだもん」
「食事しないと練習できないですからね。ふらふらじゃできないから、
腹一杯食べさせてやろうと。そういう意味では
監督のやることではないこと(寮の食事改革)から始めたんです」
「アメリカでも、最近の子供は食べへんから、(ベンチ裏に)
クラッカーとかいろんなもん置いとるんだって。そういうこと
聞いたんで飴でも果物でも置いてみたら、やっぱりなくなりますよ。
エネルギーっていうのは、晩飯を食べる前にどんどんなくなって
しまいますから、それを補うために摂るようにせないけない。
なくなってしまったら何の意味もないですからね。そしたら、
トレーニングをたくさんできるようになってきたし、ピッチャーも
よくなってきた」
 
4:
「亀山と新庄は、先輩が座って待ってるのに、いつもいちばん最後に
ミーティング室に来るんですよ。もう遅れてくるか、ぎりぎり来るか。
野球界では10分前にグラウンドに来るのが常識なんですが、そういう
こともなく。彼らに対して、和田とか、八木とか、関川とか先輩が
よう言わないんですよ。『おまえたちが早く来いと言え』と言っても、
よう言わなんだです。風呂入るときも先輩が入ってるのに、後輩が
入っていったりとか。先輩後輩の礼儀とかそういうの阪神はぜんぶ
なくなってもうてたんですわ」

「なあなあになっとるチームは弱いということですよ。伝統ある阪神が
そういう球団に成り下がったんかと。ずいぶん寂しいなという感じ
やったね。どこかで崩れてしまったんかなと。傷の舐め合いになって
しまってた。それが低迷の原因だと思うよ。そんなんちゃんと
やっときゃ低迷はせんと思うよ。評論家として回ってても、強い球団の
選手は絶対挨拶するもん。そういう教育をやってるチームは強い
ですよ。星野さんも、挨拶とかうるさい人ですから、そういうのやって
きましたよね。いま選手がものすごい挨拶するもん」
 
5:
「久万オーナーに『トランプじゃないですけど、総替えしたいくらいの
気持ちです』って言うたら、『そんなバカなことを』って怒りました
けどね。だけども、星野さんが(03年オフに)24人替えましたよね。
その通りだったと思うんですよ。だから、野村さんの言うことと、
星野さんが言うことと、僕の言ったこととは同じなんですよ」

「平塚(克洋)がね、オリックスを自由契約になるというのが耳に入った
んですよ。僕は二軍でオリックスの彼にいつも打たれとったんですよ。
『ああ、いいなあ。ほな、もらおうか』て言ったんですけどね、これを
すぐバラした奴が球団の内部におるんです。オリックスはもう囲って
もうて、なんぼか金持ってこいって感じでね。中のことがすぐバレて
しまうとこだったんですわ。何もできないってことですよ。だから、
平塚はお金出して獲ったんですよ」

「ドラフトにはぜんぜんタッチしてなかったし、ひとつも耳に入れて
もらったことないですよ。すごいですよ。スカウトの権限が強くてね。
最後の最後まで、誰を獲るか隠してましたわ。『これは凄い選手。
フォークボール50p落ちまっせ。140何キロ放って』って編成会議で
言うとったけど、獲ってきたら全然通用しない。あとで笑いました(笑)
。そこそこの奴ばっかり獲ってきとる。なんでか言うたら、担当した
選手が入れば、自分らが報酬あったんですよ。みんな一律に百万か
二百万か手当が出るじゃないですか。だから獲れる奴しか獲って
こなんだんですよ。いまはこんな制度は取っ払われたはずですけど」
 
6:
「はっきり言って、久万オーナーは野球に興味がないし、わからない人
ですから、その人に、球団の報告していく人がまたちゃんとしてないと
いうことですからね。自分らのええように(オーナーに)報告して
ますから。やってますやってますってね。ぜんぜんやってないからな、
実際の話。いろいろ、球団との格闘はありましたよ」
 
7:
「(新庄引退騒動は)彼も純粋で流されやすいのか、マスコミがぜんぶ
仕組んでいったことでね。僕はあのときハワイへウインターリーグ見に
行っとって、球団に『新庄の携帯番号教えてくれ』って聞いたら
『知らん』言うわけですわ。球団が連絡先知らんわけない。そういう
ふうに足を引っ張られた。いままでの体質が変わられたら困るという
ようなん、あるやんか。生ぬるいんでええという、人数が多ければ強い
という。ひとりふたり入っても変えられへんというのあるやん。そんな
状態やね。新庄を使って僕と喧嘩させて、都合のいいようにもってこう
ということやろうな」

「ハワイから関空に帰って来て、球団行ったら新庄おったんですよ。
マスコミがいっぱい集まってましたんで、私の部屋へ呼んで、
『辞めたいんか?辞めたないやろ』言うたら、『辞めたくない』って
言った。『なんでこんなふうになってしまったんです?』って新庄が
言うから、そういうふうにさせられてもうただけだと思ったし」

「(新庄引退騒動で暗躍した)その、先頭に立った新聞社がいま困って
ますわ。野村さんもその新聞社を締め出そうとして、やっと球団が
言葉に出して『出入り禁止』と言ったんですよ。やっとマスコミに強気
になったんですよ。いままでマスコミに強くなかったんですよ」
 
8:
「あの(96年)4月の成績(26試合・.308・HR9)が、あいつの本当の実力
ですよ。まったく練習せんとあんだけ打てるんやからすごいわ。
あんなに素質ある奴、見たことない。松井秀喜以上ですよ。
コンスタントに40本以上打てる。打球の角度いうのは持って生まれた
もんやからね。松井の長打力にイチローの肩と足。いままで
おらんかったタイプの選手になれたな」

「スーパーマンになり損ねた男やな。僕があいつの素質持ってたら
一生懸命練習して、長嶋か新庄かと言われるぐらいの選手になりますよ
。でも、ちょっと打ったら安心するからなあ。キャンプでは練習
させられるけど、それだけでは6月までしか持たない。シーズン中に
選手に練習しろとは言えないもん。だいたい、大選手って23歳ぐらい
までに頭角現しとるでしょ。だから、あの年が新庄のラストチャンス
だったんですよ。そのためにもあいつに練習させたかったんやけど」
 
9:
「あの時期ではみなわかってくれる下地なかったと思う。なんでこんな
こと言うんやろうなと。いままでの監督とちがうことを言うてきたわけ
でしょ。そのあと、野村さん来たときも、星野さん来たときも、球団の
親しい人が『藤田さんの言ったことと一緒のこと言うてますわ』と。
そういう面では安心してる面もあるんです。ああ、よかったかな、と。
球団も、電鉄も、わかってくれたんだな、と」

「友達に『なんでこんな悪い時期に(監督を)引き受けるの』と言われた
。そんなん誰だってやりたないよ。選手もおらんのにどないすんの。
ええ選手いる強いとこ行ってやりたいわ。でも、OBとしては、
やっぱり直していかなあかんと思った。男気でやったんやけどな」
 
10:削除済
 

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