33 板橋男子部
三宝とは、仏教徒が敬うべき三つの宝のことで、仏宝、法宝、僧宝のこと。
仏とは宇宙根源の法を悟り、一切衆生にたいして主師親の三徳をそなえた仏法の教主であり、法とはその仏のといた教説。僧とはこの法を伝持し、弘める仏弟子をいう。
この三宝に帰依することが仏道修行の基本。
仏教は時機に相応して様々な教えが弘められたので、それぞれの教えにおいて、異なる内容の三宝が立てられるが、
末法においては、仏宝は日蓮大聖人、法宝は南無妙法蓮華経のご本尊、僧宝は日興上人を指す。
仏とは宇宙根源の法を悟り、一切衆生にたいして主師親の三徳をそなえた仏法の教主であり、法とはその仏のといた教説。僧とはこの法を伝持し、弘める仏弟子をいう。
この三宝に帰依することが仏道修行の基本。
仏教は時機に相応して様々な教えが弘められたので、それぞれの教えにおいて、異なる内容の三宝が立てられるが、
末法においては、仏宝は日蓮大聖人、法宝は南無妙法蓮華経のご本尊、僧宝は日興上人を指す。
34 板橋男子部
僧宝について。
末法における僧宝は、末法の仏宝、法宝を正しく伝持された日興上人にほかなりません。
大聖人の高弟である六老僧のうち、他の五老僧が大聖人を天台仏法の流れの中に位置づけ、釈尊の仏像を本尊としたのにたいして、日興上人のみが、大聖人を末法のご本仏と拝し、大聖人ご図顕のマンダラを本尊とされた。
さらにまた、僧宝は広く論ずることができる。
すなわち尊崇の対象となる三宝を正しく伝持し、弘める和合僧そのものも、広い意味での僧宝となる。
その意味では今日の創価学会か僧宝にあたる。
もちろん、日蓮正宗や他門流のように大聖人のご精神に違背している存在はいかなる意味でも僧宝にはなりえない。
末法における僧宝は、末法の仏宝、法宝を正しく伝持された日興上人にほかなりません。
大聖人の高弟である六老僧のうち、他の五老僧が大聖人を天台仏法の流れの中に位置づけ、釈尊の仏像を本尊としたのにたいして、日興上人のみが、大聖人を末法のご本仏と拝し、大聖人ご図顕のマンダラを本尊とされた。
さらにまた、僧宝は広く論ずることができる。
すなわち尊崇の対象となる三宝を正しく伝持し、弘める和合僧そのものも、広い意味での僧宝となる。
その意味では今日の創価学会か僧宝にあたる。
もちろん、日蓮正宗や他門流のように大聖人のご精神に違背している存在はいかなる意味でも僧宝にはなりえない。