85 無名さん
日教上人以前の6世日時上人の時代、『五人所破抄見聞』にも「日興も寂を示したまひ次第に譲りたまひて、当時末代の法主の処に帰り集まるところの法花経なれば・・・」と、血脈相伝に関して同様の記述が見られるのである。
『御本尊七箇相承』の「代々の聖人悉く日蓮なり」、この御文は日蓮大聖人が書かれた本文である。
名字の妙法を通達したまひ、釈尊出家の設化爾前四十余年にも秘し、迹門にも秘し、本門寿量品に於ても秘密したまふ処の御内証・結要五字の真文を譲り給ふと云えども、無常の相を娑婆に訓え、一瓶の法水を日興に御付属あり。日興も寂を示したまひ次第に譲りたまひて、当時末代の法主の処に帰り集まるところの法花経なれば、法頭にて在すなり。秘すべし、口外すべからず。六老僧有りといえども法主は白蓮阿闍梨に限り奉るなり。在世には唯我一人の大導師は釈尊なり。末代には本門の別付属唯我一人なり。いかでか告勅に背て、唯我一人の法花経を六人まで御付属あらんや。六人の上上は日興上人なり。
日興上人御一人に限るというのは、六老僧の中では日興上人に限るというのが実際の文脈である。この御文を歴代大石寺管長の中では日興上人のみにしか『法主』の権能は無いと解釈しているが、仮とするならば、「日興も寂を示したまひ次第に譲りたまひて、当時末代の法主の処に帰り集まる法花経なれば・・」(訳:日興上人様も御遷化遊ばされて、結要五字の真文は日興上人様より代々に相承されて、現在の御法主様が御所持されているところの南無妙法蓮華経であるから・・)、の御文の『次第に譲り』はどう説明するというのであろうか。矛盾も甚だしい。
貴重な文証の頭を切り、足も切ることで『五一相対』の御文を『日興日目』以下の関係に見事すりかえて御宗門側の路線を否定しているが、『五人所破抄見聞』を素直に拝すれば、むしろこの御文こそ、『結要五字の真文』(※南無妙法蓮華経のこと、その法体は三大秘法の本門戒壇大御本尊)の妙法が、日興上人の滅後においても順次に護られ、当代御法主上人貎下に伝えられていることを明確に示しているのである。ゆえに法主は御本尊書写の大権を有されるのだ。おまけ
日寛上人は就中弘安2年の本門戒壇の御本尊は、究境中の究境、本懐の中の本懐なり。
既にこれ三大秘宝の随一なり。
況や一閻浮代総体の本尊なる故なり」(観心本尊抄文段)と仰せであります