1:

藤田平

阪神監督時代を語る
 
7:
「(新庄引退騒動は)彼も純粋で流されやすいのか、マスコミがぜんぶ
仕組んでいったことでね。僕はあのときハワイへウインターリーグ見に
行っとって、球団に『新庄の携帯番号教えてくれ』って聞いたら
『知らん』言うわけですわ。球団が連絡先知らんわけない。そういう
ふうに足を引っ張られた。いままでの体質が変わられたら困るという
ようなん、あるやんか。生ぬるいんでええという、人数が多ければ強い
という。ひとりふたり入っても変えられへんというのあるやん。そんな
状態やね。新庄を使って僕と喧嘩させて、都合のいいようにもってこう
ということやろうな」

「ハワイから関空に帰って来て、球団行ったら新庄おったんですよ。
マスコミがいっぱい集まってましたんで、私の部屋へ呼んで、
『辞めたいんか?辞めたないやろ』言うたら、『辞めたくない』って
言った。『なんでこんなふうになってしまったんです?』って新庄が
言うから、そういうふうにさせられてもうただけだと思ったし」

「(新庄引退騒動で暗躍した)その、先頭に立った新聞社がいま困って
ますわ。野村さんもその新聞社を締め出そうとして、やっと球団が
言葉に出して『出入り禁止』と言ったんですよ。やっとマスコミに強気
になったんですよ。いままでマスコミに強くなかったんですよ」
 
8:
「あの(96年)4月の成績(26試合・.308・HR9)が、あいつの本当の実力
ですよ。まったく練習せんとあんだけ打てるんやからすごいわ。
あんなに素質ある奴、見たことない。松井秀喜以上ですよ。
コンスタントに40本以上打てる。打球の角度いうのは持って生まれた
もんやからね。松井の長打力にイチローの肩と足。いままで
おらんかったタイプの選手になれたな」

「スーパーマンになり損ねた男やな。僕があいつの素質持ってたら
一生懸命練習して、長嶋か新庄かと言われるぐらいの選手になりますよ
。でも、ちょっと打ったら安心するからなあ。キャンプでは練習
させられるけど、それだけでは6月までしか持たない。シーズン中に
選手に練習しろとは言えないもん。だいたい、大選手って23歳ぐらい
までに頭角現しとるでしょ。だから、あの年が新庄のラストチャンス
だったんですよ。そのためにもあいつに練習させたかったんやけど」
 
9:
「あの時期ではみなわかってくれる下地なかったと思う。なんでこんな
こと言うんやろうなと。いままでの監督とちがうことを言うてきたわけ
でしょ。そのあと、野村さん来たときも、星野さん来たときも、球団の
親しい人が『藤田さんの言ったことと一緒のこと言うてますわ』と。
そういう面では安心してる面もあるんです。ああ、よかったかな、と。
球団も、電鉄も、わかってくれたんだな、と」

「友達に『なんでこんな悪い時期に(監督を)引き受けるの』と言われた
。そんなん誰だってやりたないよ。選手もおらんのにどないすんの。
ええ選手いる強いとこ行ってやりたいわ。でも、OBとしては、
やっぱり直していかなあかんと思った。男気でやったんやけどな」
 
10:削除済
 

最新レスを表示する
Presented by Z-Z BOARD