日本航空123便墜落事件


投稿後に本登録メールが届きます。 E-mailは非公開です。

Name
Mail
Comment
URL
Password (削除パス)



Name あらゆる状況証拠から導く航跡図
或る高齢の主婦と息子らしき人が畑前の家の外で、TVのインタビューに応じた。
農家主婦:『赤いプロペラのついた物体が、畑の上を飛んで行きそれがJAL123便にあたって、飛行機が爆発した』否定的な反応に、息子が注意して取り消させ、家の中に入ってしまいます。

JAL123便の最終段階で、目撃されたJAL123便に接近する、「赤いプロペラの付いた飛行物体」と言うのは
 
プロペラ機の低速標的機RCAT

全長3.8m 幅4.03m 高0.79m
重量162kg 航続時間約90分、母艦艇からジャトーにより発射され、UHF、FM方式の電波でリモートコントロールされて飛行するプロペラ機。

エンジンは2サイクルの水平対向4気筒で相当にうるさい筈です。気が付かぬ訳も無く

『赤いプロペラのついた物体が、畑の上を飛んで行きそれがJAL123便にあたって、飛行機が爆発した』

JAL123便の右斜め後ろやや下方から飛んできた赤いプロペラの付いた飛行物体...
[タイトル]
あらゆる状況証拠から導く航跡図
[SP]
 MailReDel
Name あらゆる状況証拠から導く航跡図
真っ逆様に落ちて行きます。窓の外の景色がどんどん変わりました。機体は何回かガクンと方向を下げて行きます」

(変則的旋回)生存者の吉崎 博子氏

「上空700〜800m付近を飛行機が旋回しながらゆっくりと降下」
右に傾いていた機体が右翼を一本唐松【標高1,530m地点。樹齢202年。地表から14mの高さ鋭利刃物切断した様に直径30cmの太さの枝が折れる。】に引っ掛け第4エンジンは落下(フライトレコーダーではこの時、第4エンジン出力0%)る。その直後、右の翼が地面を25メートルに渡ってえぐってダイブする。

機首30° 速度125ノット (230Km/h) 垂直加速度 1.8G記録終了。

ダイブした直後...

[タイトル]
あらゆる状況証拠から導く航跡図
[SP]
 MailReDel
Name あらゆる状況証拠から導く航跡図
高天原山が目前に迫ります。
18:55:49 失速警報 カタカタ始まる
18:55:50 「もう駄目だー」 (CAP)
墜落1分前、日航機の操縦室 機長  音声記録の未公開部分 (朝日)
18:55:51 「機首上げろ」 (CAP)
悲痛 最後の1分 機長絶叫 (毎日)
18:55:52 ストールするぞー(CAP)
18:55:53 マックパワー マックパワー(COP.F/E)

18:55:57 失速警報 カタカタ停止

「もうぶっかると思ったが、機首をグッと持ち上げて山の斜面(高天原/神立山)を這う様に上昇して行った。機首の上部が後ろから見える程の急角度のままやっと尾根を超えた」

この時、108kt (200Km/h) 機首 39°
失速警報「カタカタ」 8秒鳴り響く。


「大きな飛行機が斜面を這うように飛んでいった」、「そのあとに、また別の飛行機が飛んで来た」。「そうだね、四角っぽい形で、羽根がなかった様な…」。現場近くの山中に住むおばあさんへのTVインタビュー
[タイトル]
あらゆる状況証拠から導く航跡図
[SP]
 MailReDel
Name あらゆる状況証拠から導く航跡図
「飛行機の後から流れ星の様なものが近くに飛んで行く」南相木村中島3人の住民の証言。
上野村の民宿に泊まっていた東京の会社員も「神流川上流の山あいがピカピカ(ミサイル弾がJAL123便に命中した時の閃光。ミサイルが空中で爆発するときは、ミサイルに装填されている火薬が一挙に爆発する為に、空気中の分子と猛烈に衝突を起こす。その際に空気と摩擦を起こし、丁度稲妻に似た放電現象が起きます。それが、ピカピカと目撃された閃光と考えられます)と二度光った」と証言。

JAL123便の最後の様子は、地上からかなり多くの目撃情報がある。墜落事故の翌日、8月13日の埼玉新聞の見出しは、「夕やみに“火の玉”」とある。埼玉県浦和市に住む住民と長野県の川上村住民は次のように言っている。

「マンションのベランダから西空を眺めていた処、突然雲の透き間から太陽が射すようなオレンジ色の閃光を見た。双眼鏡で覗くと両側から青、真ん中から赤い光を発した大型機が北の方に消えた」と埼玉県浦和市吉岡功治氏。8月13日朝日新聞朝刊。
 
乗客遺品カメラ9枚目から、オレンジ色が続く。
故小川哲氏のカメラ撮影10枚目「画像に光のようなものが、走り被写体が不明」
(朝日新聞1990年10/14付朝刊)

「この直後2、3回急激な上下動をしたかと思うと」(生存者吉崎 博子氏証言)

*前後方向加速度0.25G前向き外力60tはこの時)

生存者証言=体が大きく揺さぶられるのを感じました。船の揺れなどと言うものではありません。ものすごい揺れです。しかし、上下の振動は、ありませんでした。落合 由美氏

後者の証言は、前後方向加速度・前向き外力と一致する。

「胴体から煙を噴きながら超低空で東北方角へ飛行」南相木村栗生主婦。

「川上村の人達は、飛行機は北東の方へ炎をあげて飛んで行ったと話している」北相木村菊池村長。
[タイトル]
あらゆる状況証拠から導く航跡図
[SP]
 MailReDel
Name あらゆる状況証拠から導く航跡図
大きなライトターンの後引き戻しのリモートコントロールに因る急で小さなレフトターンをさせられる(S字旋回に見える)

民間航空会社の操縦士の行う所業では有り得ません。

「体が大きく揺さぶられるのを感じました。船の揺れ等と言うものでは有りません。もの凄い揺れです。しかし、上下の振動は、ありませんでした」
(落合 由美氏証言)
生存者の吉崎 博子氏(当時35歳。長女の美紀子氏8歳も生存)の証言。

「乗客は次々とベルトを締めたが、機の揺れが激しく、ベルトによる胸部への圧迫から失神する乗客が続出した」

「これを見ていた夫(優三氏当時38)は自分の危険を顧みず、ベルトを外して立ち上がり、スチュワーデスに失神者の救助を依頼」

自分も手近の失神乗客に声を掛けたり、酸素マスクを当てる等、精一杯の活動をした。

此の後、更に急降下させられ居る。

「左旋回したかと思うと急に機首を下げ扇平山と神立山(1978m)の交差する稜線の向こう側に消えた」川上村梓山井上薫氏の証言。

「フラップ止めな…とめな!」キャンプの高濱機長は叫ぶ。矢継ぎ早のリモートコントロールは続き手に負え無い状況で翻弄されます。
[タイトル]
あらゆる状況証拠から導く航跡図
[SP]
 MailReDel
Name あらゆる状況証拠から導く航跡図
「東南にある甲武信ヶ岳(2475m)の北側の尾根から突然大きなジエット機が姿を現した。飛行機は畑のほぼ真上を西方向へ通過。まるで石を投げたら当たる様な超低空飛行だった。真上に来た時(100m)は空が真黒になる様に感じた。千曲川に沿って西へ進んだが正面には扇平山(1700m)が迫っていた。右翼を下げて飛行機は約90度右旋回した進行方向には三国山がある」

「自宅上空でゴーッと凄まじい音がしたので家の前の河原に出て空を仰いだ南東の五郎山(2132m)を掠める様に見た事も無い程大きな飛行機が現れた。爆音は更に大きく成り飛行機は頭上で大きく右旋回し次に逆に左旋回したかと思うと急に機首を下げ扇平山と神立山(1978m)の交差する稜線の向こう側に消えた」

扇平山付近の「川上村第二小学校の上で右旋回し、ギューッと高度700〜800メートルへと機首をグッと持ち上げ、噴射の馬力で何とか上昇して行った」。



[タイトル]
あらゆる状況証拠から導く航跡図
[SP]
 MailReDel
Name グーグル社長モリカワマサトモ
こんにちは。
ぼくはグーグル社長モリカワマサトモです!

[タイトル]
グーグル社長モリカワマサトモ
[SP]
 MailReDel
Name あらゆる状況証拠から導く航跡図
8の字飛行とダッチロール飛行の言い換え技


乗務員証言@Aと目撃者証言Bから判る事。

@ややして、富士山が左側に見えたので羽田に戻ると思った。(左側窓際座席から)

*左側に富士山が見えるには焼津から右旋回する必要性。

A下方に富士山(3776m)が見える(高度4000m位)
夕方の黒い山肌が左窓前方に・・すうっと後方に移動し安全姿勢

*焼津以降を富士山の東側ルート飛行して実現可能です。安全姿勢は降下を始める際の姿勢で、逆時計回り終わる時点で見える。

所謂大月市ループ(時計回り)中の目撃者証言で・・・

B窓が一つ一つ確認可能

*低空飛行で2000m以下
[タイトル]
8の字飛行とダッチロール飛行の言い換え技
[SP]
 MailReDel
Name あらゆる状況証拠から導く航跡図
あらゆる状況証拠から導く航跡図

[タイトル]
航跡図
[SP]
 MailReDel
Name C-130輸送機搭乗者の証言
「自宅上空でゴーッと凄まじい音がしたので、家の前の河原に出て、空を仰いだ南東の五郎山(2132m)を掠める様に、見た事も無い程、大きな飛行機が現れた。爆音は、更に大きく成り飛行機は頭上で、大きく右旋回し次に逆に左旋回したかと思うと、急に機首を下げ扇平山と神立山(1978m)の交差する稜線の向こう側に消えた」川上村梓山井上 薫氏の証言。

18:54:00
「JAL123.JAL123.もし受信可能であればこちらは東京アプローチ.もし聞こえて居ればトランスポンダーで応答せよ」(ACC)

18:54:05 あったま下げろ
そんなのどうでもよい(CAP)
18:54:10 未だ出せない ?

キャベツ畑に不時着体制に入りますが、リモートコントロールにより車輪が出せず制御出来ず上昇に転じ
…。

18:54:31
アンコントロール (JAL123)
18:54:32
アンコントロール (JAL123)

18:54:40
「123了解しました」(ACC)

18:54:47
「JAL123.周波数を119.7に変えて下さい」(ACC)
[タイトル]
横田や入間基地と違い車輪が出ず
[docomo]
 MailReDel
Name C-130輸送機搭乗者の証言
横田管制が、123便に横田基地への着陸を許可するのを聞いた。123便の緊急事態は相当に深刻で、当該乗員は米軍基地への着陸を希望したのだった。

米空軍C-130H(ハーキュリーズ)輸送機に乗務していたマイケル・アントヌッチ中尉(最終的地位大尉)が、退役後「サクラメント・ビー」紙に発表した証言。

「フラップどうしましょうか?」 (F/E)
「未だ一寸、早い」 (CAP)

「ギヤ降りてますか?」 (CAP)
「ギヤ降りてます」 (COP)

横田管制が、123便に着陸を許可するのを聞いた。(マイケル アントヌッチ氏証言)

「東南東より、西北西の御岳山の方へ」多摩郡日の出町細尾の北島清司氏(53)

日の出町から右旋回し、米軍横田基地(OKO/RJTY)の北側から着陸体制を取り滑走路に進入しますが、更なる遠隔操縦が襲う。

18:46頃
「何で下がんねぇの ? 」
機体が下がらず管制官に連絡。

「操縦不…以下不明瞭」(JAL123)

横田基地着陸失敗。諦めて入間基地(IATA/RJTJ)に不時着を敢行する為に向かいます。

123便が入間基地上空で、目撃された(朝日新聞社「日航ジャンボ機墜落」P.41)

リモートコントロールで、入間基地にも着陸は不可能。「ちょっと分からんなあ」 (CAP)
「はい」 (COP)

三芳町方面に飛行し、三芳町上空でUターンし、最終着陸体制に入ります。

埼玉県内 三芳町 極端な低空・低速で東武東上線の真上を通過し、北北西へ 「日航ジャンボ機墜落」

再び入間基地上空に到達し着陸し様と試みますが、機体は下がりません。コックピットクルーは羽田に機首を向け様としますが、機体は山岳地帯に向かわせます。相反する動きでジグザグに飛行し、北々西に機首が向けられ、左方向の御岳山にぶつける勢いでリモートコントロールされ右旋回させられ羽田から更に遠退いて行きます。
[タイトル]
リモートコントロール
[docomo]
 MailReDel
Name C-130輸送機搭乗者の証言
横田基地の手前で航空機関士がオルタネート(電気操作の手動)に依り、一旦降ろされた車輪がリモートコントロールで機体内に収納(油圧機能回復し無いと格納は不可能)されて仕舞ったのでしょう。 入間基地に着陸を2回試してますが、グリーンギアは不可能でした。

通説によると、JAL123便は相模湾上空で垂直尾翼の半分以上が失われたとされ、それに伴い操縦に重要な役割を果たす油圧機能が失われて仕舞ったとされますが。
 
長野県川上村のレタス畑にも着陸態勢にありながら結果的に車輪が遠隔操縦され着陸出来ず、垂直尾翼が欠け、油圧が効かなかったと言う状態で右に90度の旋回が出来て居るという点。
 
長野県川上村における三国山方面への右へ90度の急旋回は垂直尾翼が完全な状態で付いていて、しかも油圧機能が正常に使える状態でなければ不可能な筈です。

手動で操縦が出来、飛行場に接地すれば後は通常の減速着陸操作(逆噴射)で停止して着陸OKですが・・・実際、殆どの飛行経路で、右旋回の後、左旋回して居り、正しくS字状の飛行を行っている。

右旋回時には左エンジンを噴かす。機体は右に旋回するが機体は同時に傾きます。傾くと機首が下がり、機首が下がり掛けたら、エンジンを一斉に噴かします。 と・・・エンジンは翼の下に懸架され、トルクが働いて上へ向く。・・と言う具合で機自体の傾きを回復させ様と機長は努力したのです。
[タイトル]
ギアダウン(グリーンギア)
[SP]
 MailReDel
Name 123便ソ連自衛隊核攻撃惨事
日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事におけるJAL123便の元気な生存者が、日本の埼玉県警察の警察官(日本語で おまわりさん?)らの手により
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/ainugakuin/e0011938_16494167[1].jpg
といった惨憺たる虐殺死体と化した

一方、救助に奔走したのは米国のみであった

[タイトル]
日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事
[au]
 MailReDel
Name 123便ソ連自衛隊核攻撃惨事
日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事では、
昭和天皇もご搭乗されているJAL123便が不時着し、全員 問題なく生存していたので救助を待っていたところ、日本の埼玉県警の警察官らを中心とした一団が襲いかかり、乗客乗員天皇陛下を虐殺した点が遺憾な状況と言えます。
木にくくりつけて焼き殺すなど、埼玉県警察らしい残忍な犯行で、大変いたましい事態がおすたか にて発生したのでした
[タイトル]
日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事
[au]
 MailReDel
Name なおみん
天命の陳情さん、まだお元気で何よりです。日本赤軍にピースボート作ってもらった辻元が共産党にも政権入りたければ安保認めよ迫り、今や自民党顔負けの米軍依存になりました。
辻元後援会の重信らが2000年頃しょっちゅう中国行って作らせた在日中国国防動員が施行された2010年頃から、護憲派とやらが123便の真相究明に、青山透子という元客室乗務員使って乗り出しました。その論調は、自衛隊の誤射隠蔽した中曽根が悪い、自衛隊性悪説で、当日の爆破撃墜電話や、(中曽根氏は当日静養中で電車で123便のこと聞いたのを認めつつ)早く自衛隊機出した加藤紘一氏のことは不問です。また、元客室乗務員なのに、123便のお腹にあった赤いランプは車輪が下りた警告灯でなくミサイル誘導灯扱いです(何回目かに飛行機乗った時、そう言って周囲に笑われたことがあります)。
これを読んで、中曽根氏が墓場まで持っていきたい救助遅れの真相は米軍から納入前の無人機衝突隠蔽を、過激派の言うなりになった加藤紘一の後始末としてせざるを得なかったと確信しました。また、昭恵さんもこの123便真相探求グループに参加していて投稿を削除したこともあるようで、森友用地も、伊丹騒音問題で絡んでた過激派から、辻元が東アジア反日武装戦線市議に払い下げてあげたお隣野田中央公園関連で紹介されたのではと思いました。
今、123便の真相を明らかにしないと、日本は、2014年に加藤紘一や小林よしのりらと会ってからしょっちゅう皇太子と会うようになり天皇退位実現させた、国益要らない国境壊したい天皇家はセントラルパーク行け辻元の思う通り、テロリストの働きで占領されてしまうかも。123便の真相は、相模湾破片を護憲テロ左翼より先に引き上げさせ、昭恵さんと中曽根氏に参考人ででも出てきてもらうことです。遺族のみなさんで、実現させるべきです。
https://plaza.rakuten.co.jp/detox/diary/201509170001/
[PC]
 MailURLReDel
Next


トップ過去ログ倉庫表示設定モバイル表示管理画面無料掲示板